Jun 30, 2011
レーザーのホクロを取ったつもりだった
疣はなかなか取れない。子供の頃に唇に点があり、それを必死に針でほじって行った。かなり根強い。唇はとんでもなく腫れあがった、このほくろは取れた。大人になって顔の疣贅を一つ5000円で3カ所のレーザーで取った。麻酔注射が痛いが、処理は痛くない。しかし、半年もならなくて二か所ものようになってしまった。妊娠と出産がきっかけとなり、症状が起きることになる汚れがあります。シミというの汚れから、女性ホルモンが関係しているとされています。特徴として色が薄くて広い範囲で見ることができる汚れています。左右対称で、頬や頬骨の範囲がさらに広くなると、鼻と口の周りにまで症状があらわれることがあります。そして、紫外線などによってさらに悪化するとされています。
地震と津波で約3000世帯の建物が全半壊した宮城県亘理町は、自宅のがれき撤去について、独自に住民の意思を問う方法を決めた。基礎部分以外の建物撤去を求める場合は「赤」、建物部は基本的に残して庭先のがれきを撤去は「黄」、がれき撤去を求めない場合は「緑」の旗を掲げる。
サケの身とイクラを使った同町名物の「はらこめし」の名店で知られた「浜寿司」2代目、太田政志さん(47)は2日、再生に向けて新たな決意を持って旗を自宅のあった場所に掲げた。
太田さんは勤務中に被災。妻佐知子さん(44)と長女千草さん(14)を、次女葉月さん(10)が通う荒浜小学校に連れて行った後、地元消防団の一員として避難誘導などに当たった。家族とは3日後に無事再会したが、自宅や店は、ほとんど跡形も無くなった。
太田さんが掲げた旗の色は「赤」。「ここからスタート」と語る。「同じ場所で店をやる。この地でもう一回やりたい」と前を向いた。【三浦博之】
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文部科学省は3日、同日午後5時までの24時間に、神奈川県を除く関東1都5県と宮城県で大気中の放射線量が平常値を上回ったと発表した。午後4〜5時までの1時間当たりでは0.048〜0.175マイクロシーベルトと、前日よりわずかに低くなった。
福島県の調査では、福島市で同7時、1時間当たり2.54マイクロシーベルトを観測した。
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東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県の沿岸部から内陸部へ被災者を移す集団避難で、実際に移動した人は3日現在、県の想定の1割未満にとどまっている。厳しい避難生活が長期化する中、被災者の健康などを考えた異例の取り組みだが、避難所へ戻る人すら出始めた。地域コミュニティーを離れることへの抵抗感は強く、県は「少しでも条件のよい所で過ごしてほしいのだが」と戸惑い、避難対策の難しさが浮かぶ。宮城県南三陸町でも3日、約1000人が県内3市1町へ移る集団避難が始まった。
岩手県は、内陸部の盛岡市や一関市などの宿泊施設に9500人分の部屋を確保。これまでに沿岸部の被災地から計2回、バスによる移送を行ったが、移動したのは約900人にとどまっている。
宮古市の避難所で暮らす73歳の女性は「地域の人は家族。離ればなれになりたくない。みんな一緒に動くならいいのだが」。宮古市の75歳の女性も「つらい」と言いつつ、地元での避難所生活を選んだ。震災後、家の中に他人の足跡が残っていたこともあり「心配で離れられない」。
県によると、移動を希望しても直前で取りやめるケースも少なくない。26日の第1陣の希望者は釜石市、大槌町、山田町の3市町で460人いたが、直前に約3割がキャンセルし、移動したのは296人だった。30日の第2陣もほぼ同様。避難所生活の長期化に苦しむのに、「離れたくない」という揺れる心情が透けて見える。
一方、約230人が避難する雫石町の鶯宿(おうしゅく)温泉。山田町の漁師(63)は「本当にありがたい」と、風呂上がりのほてった顔に笑みを浮かべた。個室で3食付き。「これまで風呂もろくに入れなかった。水もいつ届くか分からないような状態だったから」
移動後、感謝の言葉を口にする避難者は多い。ただ、山田町の30代の男性は移動してから5日目には町に戻った。「じっとしているのがしんどくて。テレビを見るしかなく、やることがなかった」。今は避難所で食器回収などのボランティアをしている。
岩手県は9日までに計5回の移送を予定している。避難所では寒さで体調を崩す人も多く、高齢者らにとって環境の厳しさは否めない。
担当者は「特に高齢者や子ども、健康に不安を抱える人には少しでも条件のいい所に移ってほしい。ふるさとを離れたくない被災者の揺れる心情を十分読み取れなかったのか……」と話す。
静岡大防災総合センターの牛山素行准教授は「大局的には現地から少しでも落ち着いた場所に移すことはいいと思うが、現地に残りたい人を無理やり引き離すことはできない。現地で仕事を再開したい被災者はおり、高齢者でも働きたいと思っている人もいる。避難者を単に『保護の対象』と考えるのではなく、復旧・復興作業に参加してもらうような仕組みを考えることも必要だ」と話している。【有田浩子、三木陽介、熊谷豪、長田舞子、樋岡徹也】
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