Jul 03, 2011
スーツケースの鍵交換
スーツケースを宅配便で送る。鍵がとれて内容が出ないか心配だ。そこでスーツケースの鍵交換を考えていた。しかし、私は物忘れがひどい。スーツケースの鍵交換のことを忘れてしまった場合だと考えれば心配になる。何か良い方法はないか頭を悩ませていると、さらに知ることができなくなった。一晩寝て過ごしたら頭がスッキリしている。鍵を交換してもいい。ガラスは割れると、簡単に分かれる。 Windows用の厚手のものでもある。割れた窓ガラスを見て、ガラスの修理費はいくらかとかそんなことを考えた。ガラスの修理業者を呼んでくれてだが、正直面倒だ。価格が高いことが最大のネックであるが、より利用しやすくなってくれれば、ありがたいと思う。
◆巨人5x―2横浜(22日・東京ドーム) 巨人が劇的勝利で、今季のレギュラーシーズン最終戦を締めくくった。1点を追う9回に、長野がチーム40年ぶりの代打満塁逆転サヨナラ本塁打。打率を3割1分6厘とし、首位打者をほぼ確定させた。3番手の内海は5回無失点で18勝目を挙げ、初タイトルが決定した。沢村は先発で3回1/3を投げ、セの新人では67年の江夏豊以来44年ぶりに200イニング到達。29日から2位・ヤクルトと激突するクライマックスシリーズ(CS)第1ステージへ、勢いがつく勝ち方だった。
滝のように流れ出ていた汗が、うつむいた額から落ちた。4回1死。沢村は、村田に2打席連続のソロを浴び、2点リードを許してマウンドを降りた。今季の投球回が、200イニングに達した直後だった。セの新人では67年の江夏豊以来44年ぶり、巨人では62年の城之内邦雄以来49年ぶり5人目の大台。しかし、自分のことは二の次だ。「何としても内海さんに勝ちをつけたかった。自分的には情けない」。勝利投手の条件をそろえ、バトンを渡せなかったことが悔しかった。
常に内海の背中を見て歩んだ1年だった。最多勝をアシストするため、任された先発。内海が17勝目を飾った翌日、G球場で新聞を探し、サヨナラ弾を放った高橋由と抱き合う写真を見た。歓喜に沸く姿を自分のことのように喜んだ。「9回のバント処理でも、何が何でも、という姿勢があった。僕自身もっと気持ちを出していかないといけない」。涙する先輩の姿は、目に焼き付けた。
入団前に掲げた目標が10勝なら、プロ入り後に抱いた目標が200イニング。「20試合、完投しても達成できない。100イニングを超えたあたりから、いけると思った」。勝てない時期、2軍落ちを覚悟したこともあった。責任を感じる姿に「全部、背負おうとするな」と声をかけてくれたのも、内海だった。
日テレの森麻季アナ(30)との今オフ結婚を発表後、初登板。野球に集中するためにも、結果で見せたかった。3回1/3を投げ2失点で防御率2・03。66年の堀内恒夫(巨人)以来、45年ぶりの新人1点台はならなかったが、12敗目の負け越し危機も脱し、新人王は確実だ。
原監督は「200(イニング)投げたというのは素晴らしいスタート。彼は日々勉強で、糧にするところも多いが、よく戦ってくれている」と称賛した。1点もやれないマウンドはCSも同じ。シーズン最終戦で味わった悔しさは、次の大舞台で必ず晴らす。
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◆J1第30節 広島1―3柏(22日・広島ビッグアーチ) 柏がFW北嶋秀朗(33)の2発などで広島に3―1で逆転勝ちし、首位をキープした。8月14日の磐田戦で左太もも裏を肉離れし、約1か月半、戦列を離れていたベテランの約3か月ぶりの復帰弾が勝負を決めた。20日にペトロヴィッチ前監督(45)を解任し、前ユース監督の堀孝史監督(44)が就任した浦和は、敵地で横浜Mに2―1で逆転勝ち。暫定15位に浮上し、降格圏を脱した。2位・G大阪と3位・名古屋はともに敵地で勝ち、上位の順位に変動はなかった。
ゴールに背を向け、飛び込んだ。後半37分、MFジョルジ・ワグネルの右からのクロスをFW北嶋が得意の「バックヘッド」で合わせ、2―1と勝ち越した。「本当にうれしい。山形戦(16日)はスタメンだったのに、今回はベンチスタートで、悔しかった」。同42分にはFKからのこぼれ球を押し込み勝負を決めた。柏の広島ビでの勝利は98年9月15日以来13年ぶり。2日のカシマスタジアム初勝利に続き、再び鬼門を突破し首位を守った。
ゴールは、7月23日の鹿島戦(国立)以来、約3か月ぶりだった。8月14日の磐田戦(ヤマハ)で左太もも裏を肉離れし、戦線離脱。室内でエアロバイクを全力でこぐなどリハビリに励んだが、上位争いをする仲間に負い目を感じ、軽い言葉はかけられなかった。「俺みたいに足が速くない選手が速筋(瞬発力を引き出す筋肉)痛めて、肉離れしちゃダメでしょ」。チーム主将としての責任を口にした。
2000年の第2ステージは、勝ち点差1で優勝を逃した。「当時は、優勝への覚悟が遅かった。あれからまた優勝争いするのに結局11年もかかった。『来年があるから』ではダメ。優勝は絶対に今年しないといけない」。チームで前回のV争いを知るのは北嶋だけ。大宮戦(9月25日)での復帰後も、誰よりも強い決意で試合に臨んでいた。
2発で目標としていた背番号と同じ「9」点目に到達した。プロ15年目でV争いをしていた00年(18得点)に次ぐ2番目の数字だ。「次の目標?10点ですかね。1点1点積み重ねるだけです」と話す。完全復活を遂げた「柏の象徴的存在」が、初の栄冠へと導く。
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