Jul 30, 2011
電話代行は、このようなサービスがありましたね
私は"電話代行"とは、単純に留守中のオフィスにかかってきた電話を取ってくれるだけのサービスだと思っていました。しかし、電話代行は、"バーチャルオフィス"のサービスといって、そう、東京に事務所があるように、03局の電話番号を提供してくれるサービスもあるとか。小さくても会社を持っている人にはありがたいサービスですね。なんといってもおすすめのアルバイト、パートはコールセンターです。コールセンターの顧客などからの電話を受けたり、電話をゴルゴたりするのが仕事ですが、きちんと事前教育が安心して働くことができるでしょう。大抵の場合、1時間ごとに休憩があります。時給も高いです。大規模な交代勤務の場合が多いので、休日も持ってやすいと思います。
ロールケーキブームの火付け役「小山ロール」を生み出したパティシエ、小山進さん(47)の父、治三さん(73)は、和菓子屋の洋菓子部門で働くケーキ職人。同じ道を目指したのは高校2年の冬、治三さんが働く店でアルバイトをしたことがきっかけだ。
クリスマスケーキ作りの手伝いだったが、洋菓子担当は治三さんだけ。明日はイブというのに、夕方になっても仕事が終わらない。一方で、同僚の和菓子職人たちは定刻通りに帰ろうとしている。理不尽に思った進さんは「おっちゃん、手伝うてや。同じ会社やないんか」と引き留めた。それを見ていた治三さんに「いらんこと言うな。おれの世界や。おまえには関係ない」と叱られた。
「父に叱られたのは、このときが初めて。でも、叱られたことよりも『俺は正しい父親かは分からんけどな』と、ぽつりと言ったことにショックを受けた。父は生まれてすぐに父親を亡くし、父親としてどう子供に接すればいいのか自信がなかったのでしょう。父にそんな思いをさせてしまったことを反省し、父の仕事の価値を広く世間に知らせたいと思った」
母の洋子さん(70)は、進さんが大学に進学し、一流企業の会社員になることを望んでいた。治三さんは年中忙しく、家族で過ごす時間がほとんどなかったからだ。息子に同じ苦労をさせたくないという思いがあったようだ。
大反対されながらも、老舗ケーキ店「スイス菓子ハイジ」に就職。ところが、配属されたのは喫茶部門。仕事はお客さんの注文を聞き、紅茶や簡単な軽食を作って出す。ケーキ作りを学びたかった進さんは午前4時から午前6時半まではケーキ作りの手伝い、午後9時から午前0時まではマジパン(アーモンドをすりつぶし、砂糖などを混ぜた半固形状のもの)作りの練習などを自主的に行った。喫茶の仕事も自分なりに工夫し、モーニングセットのトーストにつけるバターをバラ形にして出したりした。これが社長の目にとまり、ケーキ作り部門に大抜擢(ばってき)された。
「バタートーストといえどもケーキ屋さんらしさを出したかった。バターをバラ形にしたのは父がよくバタークリームで作っていたから。父の作るケーキはパサパサしていてあまりおいしくなかったが、仕事に向き合う姿勢など基本的なことは知らないうちに父から教わっていた」
平成12年に独立。自身の店舗だけでなく、全国十数社の商品開発や技術指導、また海外のパティスリー(洋菓子店)のプロデュースなども行っている。
今、長男の鋭(さとき)君(15)は高校1年。来年は進さんがパティシエを目指したときと同じ年齢になる。
「将来どうするのか聞いたことはないが、自分流にアレンジして料理を作るところは子供の頃の俺にそっくり。もし、パティシエを目指すならアドバイスしてやりたいな」(平沢裕子)
◇
≪メッセージ≫
おやじがケーキ職人でなければパティシエになっていなかった。多くを語らず、背中で一生懸命働き続けることの大切さを教えてくれたことに感謝している。
◇
【プロフィル】小山治三
こやま・はるぞう 昭和13年、京都市生まれ。17歳から27年間、「淳風堂」(下京区)でケーキ職人として和洋菓子の製造を担当。その後、「山一洋菓子」(伏見区)で製菓製パン業務に携わり、定年退職まで勤めた。
◇
【プロフィル】小山進
こやま・すすむ 「パティシエ・エス・コヤマ」(兵庫県三田市)のオーナーパティシエ。昭和39年、京都市生まれ。子供の感性教育にも取り組み、監修したおもちゃと絵本が付いたマクドナルドの「ハッピーセット」が現在発売中。
【関連記事】
「さっぽろスイーツ2011」グランプリ発表
“無謀”な挑戦でスイーツ革命 ローソン「プレミアムロールケーキ」
29歳OL 社内改革案に「3時のおやつ用パティシエ常駐」案
町に“味力”を「神戸スイーツ学会」発足
私をあげるッ! ベッキー婚活宣言も「実は奥手なんです」
ビンラーディン後の世界 「黒い遺志」広がる
■人形劇など活用し地震へ備え
甚大な被害を出した東日本大震災から2カ月。不幸なことに多くの子供も犠牲になっている。いつ起こるか分からない地震に備える必要性を子供たちに理解させるため、人形劇などを活用する取り組みがある。専門家は「ビジュアルで子供に分かりやすい」と活動を評価。そのうえで、「内容を盛り込み過ぎないよう配慮を」などと提言している。(草下健夫)
◆ダンゴムシになれ
「お姉さーん、助けてー」
スタッフの一人が手製の舞台セット「地震ハウス」を揺らすと、中の人形がたんすの模型の下敷きに。その人形を助けようと、周りの人形たちが大声を上げる。息をのんでハウスの中に見入る子供たち。すると、お姉さん役のスタッフが駆けつけ、たんすを起こして助け出す。「ああ、よかったね」と、思わず声を出す子供の姿も。
「『子供だけでどうにもならないことは大人に助けを求めましょう』と説明します。1人で大声を出す練習もしています」
東京都練馬区で子供の防災教育に取り組む有志の団体「練馬区〈防災・安全〉教育推進協議会 心のあかりを灯(とも)す会」会長の鈴木裕子さん(58)はこう話したうえで、「子供に防災を教えるには、親しみやすいキャラクターに託し、同時に体を使って覚えさせることが大切」と強調する。
落下物から頭を守ることは「ダンゴムシになって」と教える。火災の避難時、姿勢を低く保つことを説明するため、白い布を煙に見立てて子供たちの頭上にかざし、「イモムシになって」としゃがませるなど、分かりやすさを心掛けているという。
◆大人への波及効果
地震ハウス内には、転倒防止が施されて倒れないたんすの模型も設置。
「『お家でお父さんやお母さんとお話ししてね。寝ている所に倒れるものがないかな、危ないよね』と語りかけます。大人より子供に話す方が、家庭への影響力は大きいようです」と鈴木さん。
「大人はとかく、フムフムと聞いて知識として分かってくれても、それで終わり。(地震後に)あわてて買い物に走ったりしてしまいます」。子供を通じて、保護者など大人への波及効果もあるという。
同会は、平成14年に阪神大震災(7年)関連の行事が区内で開かれたのを機に、PTA関係者ら有志が結成した。小学校や幼稚園、児童館などに、人形や紙芝居、地震の仕組みを示す模型など手作りの教材を持ち運んで、活動を続けてきた。「メンバーの“得意”を持ち寄ってやっています」
鈴木さんは阪神大震災を神戸市灘区で体験しており、「大人も子供も危機管理意識を持ち、自分の身は自分で守ることが大切。地震が起きてから怖がるのではなく、普段から物心とも準備してほしい」とアピールする。
子供の防災教育について、筑波大学大学院の徳田克己教授(子供支援学)は「具体的であることが大切。人形などを使うとビジュアルで、子供は自己を投影して興味を持ちやすい」とし、こうした取り組みを評価する。
そのうえで、「地震が起きたら机の下、津波が来たら高い所など、出来事に対しなるべく1個の対応を教えることが低年齢であるほど大切。多くの選択肢や内容を与えると、切羽詰まったときに一番重要なことがポンと出なくなってしまう」と、指導が複雑化しないよう配慮を求める。また、「被災の写真や映像は高学年になってから。子供を恐怖心でコントロールしないよう留意を」とも提言している。
◇
■節電・夏を乗り切る「家庭の知恵」募集
東日本大震災は大きな被害をもたらしました。福島第1原発の事故の影響で、電力不足や風評被害も起きています。こうした中で、私たちが今できること、家庭で実践している節電・エコ対策、夏を乗り切る方法、思いついたアイデアなど「家庭の知恵」をお寄せください。「私の“ワザ”」で随時紹介します。住所、氏名、年齢、職業、電話番号を明記し、〒100−8078 産経新聞文化部生活班まで。
〈メール〉life@sankei.co.jp
〈FAX〉03・3270・2424
【関連記事】
震災から見えた危機 幻の「第4段階」
「お疲れ様でした」ボランティアに感謝を込めて新幹線半額
「失電社会」を生きる 節電「最低限のことはやろう」
政府答弁書「辻元氏の被災地入りは計6日間、出張旅費は114万円」
首相「菅降ろし封じ」に自信 “クセ球”次々
ビンラーディン後の世界 「黒い遺志」広がる
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.